又吉さんの出ているテレビ番組を見るのはもちろんのこと、紙媒体の記事を探したり、画像を検索したり、動画サイトで又吉さんの動画を見たりすることを、私の中だけで「又活」と読んでいる。
おそらく・・・・、誰も使っていない、私の造語(笑)。
試しに「又活」で検索してみたら、全く意味の違っている中国語のサイトとかしか出こないので、今のところ地球上で「又活」しているのは私だけかと(←ンなわけないし!)
そんな又活をしていた今年初め頃、ある画像を見つけて、慌てて私の「又吉フォルダー」に保存した。「又吉フォルダー」は、ネット上で集めた「萌え又吉」の画像を保存するフォルダーだ。
その画像は、これまでの又吉フォルダーの中でも出色の萌えっぷりで、拡大して壁に貼っときたいくらい私好みのものだった。髪型といい、ファッションといい、又吉さんの肌ツヤといい、なにもかもが・・・輝いていた。今年イチの「俺」が、早くも1月の時点で出ていた又吉さんを、眩しい、眩しすぎて画像ですら正視できない、と思った。
その画像は、コロナで世の中が自粛ムードになる少し前に開催されたイベントを伝えるニュースの一コマだった。
つい最近、動画サイトで、その時のイベントのトークショーが配信されているのを知って、「動画もあったのか!」と感動して早速見た。
又吉さんが、語りながら司会者の女性にちらっと視線を送る時の顔が、目が、髪が、声が、眩しすぎて、一度目は話の内容もほとんど耳に入らないままボーーと動画を見た。
気になって、もう一度見た時、
「それにしても、やけに何度も、司会者の方を見てるな」
と思った。
それから何か突然、上の方から降ってきたように、啓示を受けた。
そうか、この日の又吉さんが素敵なのは、もしかして「最高の俺」を誰かに見せたかったのではないか。
もしかして、この司会者の人?
この人に向けて、髪も服も、めっちゃイケメンのファッションでやって来たのでは・・・と思い始めたら、もうそういう目でしか動画を見られなくなった。
そしてそう思えば思うほど、チラ、チラ、と司会者に視線を送る又吉さんに、
「そうに違いない。司会者に気があるのでは。かなり意識しているのでは。あの人が好きなのか。そうなのか。その証拠にもう一人の男性には、視線をほとんど向けないじゃないか。」
という邪推しか浮かんでこない自分がいた。
ほら、もう一人の男性は1回しかチラ見しないのに、その間に司会者は10回くらいチラ見している。話し始めは30秒に一回くらいしかチラ見していないのに、話の途中からは5秒に1回くらい司会者の方をチラ見している。チラ見というか、視線を、送っている。俺、こんな感じで、語っていますけど、どうですか?という視線。
それで勝手に、思いつめて、その司会者の女性のプロフィールを検索したら、私と同世代の女性だったので、
「まだまだこの年齢でもイケるってことね。又吉さんは若いギャル好きという噂があったけど、熟女もありと。」
と、とんでもない我田引水っぷりで、自分の都合のいいように解釈している私がいた。
いや、そこ?解釈変だから。曲解しすぎだから。と、自分で自分にツッコみつつ、IKKOさんみたいなテンションで「50代も脈アリよ~」て心のなかで叫んでいる私は、今日もおめでたい。