2020年8月1日土曜日

映画「劇場」を見て

 ずっと、「火花」も「劇場」も、「売れたかったけど、売れなかった人」にスポットを当てている作品だと思っていた。
 でもそれは、ほんの数ミリ何かが違えば、あそこにいるのは自分だったんだ、ていう作者の思いも重なっているという気がした。

 「冷血」を書いたトルーマン・カポーティは、凄惨な事件を起こした若者二人が、他人とは思えなかった。不幸な生い立ちの彼らを知れば知るほど、同じような境遇に育ったカポーティは、自分だって一歩間違えばあのような事件を起こしてたという気持ちから「冷血」を執筆したという。

 女優のウーピー・ゴールドバーグは、トーク番組で以前「自分が特別、才能があるとは思っていない。自分よりずっと才能がある役者を何人も見てきた。自分が売れて、有名になれたのは、運もあると思う」と語っていた。

 たしかに、私も芸人さんとかお笑い好きだけど、このコンビ面白いのになんで売れないのという人いるし、売れても消えていく人もいる。

 木から青い実が落ちるのを、偶然同時に目撃していたことがきっかけで出会ったという、通称「青い実の彼女」さん、どこまでが本当の話で、どこからが創作かわからないけど、「第2図書係」や「東京百景」や「劇場」の中で繰り返し語られるその人は、おそらく、「売れない芸人」が好きだったのかも。

 有名人や芸能人と付き合える人って、やっぱり、ハートが強いよね、と思う。
 「なんであんな女が、○○さんと!」とか、バッシングにもあうだろうし、自分自身が写真撮られたり、あれこれゴシップ記事に書かれたりするのが耐えられる強さがないと、有名人とはお付き合いできないよ。

 カトちゃんの嫁も、あれだけ叩かれまくって、よく耐えた。誹謗中傷を乗り越えて、今では逆に、素晴らしい嫁じゃないかと逆の評価になっている。

 最初は普通の人というか「売れない芸人」だった彼氏が、だんだん有名になって、顔や名前が広く知られるようになると、青い実の彼女さんも、ちょっと怖くなったのかな。

 売れたいけど、売れたくない・・・ていう、変な心理は、あると思う。

 林真理子の小説「トーキョー国盗り物語」には、本がベストセラーになって、突然マスコミの寵児ともてはやされたライターの女性が、世間に注目されてあれこれ言われることが嫌になって、仕事を投げ出して田舎に帰ってしまうというくだりがある。

 それらをふまえて、「火花」も「劇場」も「売れたかったけど、売れなかった人」にスポットを当てたというよりも、「本当は売れたくなかったのかな?俺」という作品かしら?と思うようになった。

 おそらく・・・売れない芸人のまま事務所も辞めて、普通の会社員とか、自営業者になっていたら、青い実の彼女さんも病むこともなく、去ることもなく、結婚していたかもしれない。

 タラレバなんて、どんだけ言ってもしょうがないことなんだけど。

 私達は、過去を振り返らずにはいられない。振り返って、後悔せずにはいられない。そんなことばかり、多すぎる。

 「つらい過去は忘れて前向きに!」て明るく言えたらいいけど、おそらく無理して前向きになるよりも、何度も後悔してうじうじしながら惰性で生きていくほうが性に合っているのだ。

 私も。

 だからなんども、過去をほじくり返して、タラレバを言ってしまう。

 本当に、これで良かったのかな、と思ってしまう。思わずには、生きていけない。

 だけど、残酷なことに、時間は巻き戻せない。どんなに後悔して、懺悔しても、たった数ミリのズレが、長い年月のうちに何メートルもの「差」を生じさせており、それは絶対に埋められない「溝」なんだ。

 わかっているけど、あのときもし、ああしていれば・・・と思ってしまう。

 四十にして惑わず、五十にして天命を知るなんて、超人の為せる技。

 四十、五十と年齢を重ねるほどに、惑いまくりで、人生って本当しんどいや。